2016年10月
成熟をめざして
 七里教会牧師 小林則義

 私たちの人生には、しばしば、思いがけない出来事が起こります。病気になるとか、事故に巻き込まれるとか、突然失業してしまうとか、思いがけない出来事が起こります。そういう時、私たちはどういう態度を取ればよいのでしょうか?
 牧師にとって思いがけない出来事、それは何だと思われますか?
 それは、お元気だった信徒の方が突然天に召されるということです。私が最初の教会に赴任して三カ月が過ぎた時、七月十九日の聖日、S姉妹が天に召されました。それは、まさに青天の霹靂でした。S姉妹はお体が不自由でしたが、何はともあれ、前の週の聖日、礼拝には出席されていた方でした。S姉妹が天に召されたのが、午前二時四十六分でしたので、午前の三時か四時、分かりませんが、お連れ合いのS兄弟から電話をいただいたと思います。とりあえず、祈りました。そして葬儀の流れを確認しました。そして役員の方に連絡をし、ご自宅に向かったと思います。次の二十日はもう前夜式でした。当時、教会には冷房設備がなく七月の蒸し暑い中での前夜式でした。マイクも故障して、司式をすべて肉声でしなければならなかったことを覚えています。何とか、前夜式を執り行うことができました。
 突然の出来事にどう対応できるか、そのことで、その人が成熟した人なのか、未熟な人なのかが、はっきり、分かると思います。私は未熟であったと思います。あらかじめ分かっていることは、前もって準備や計画ができます。しかし、突然の出来事には準備や計画はできません。その時、その人の本質が現れてしまいます。成熟した人なのか、未熟な人なのかが、はっきり、分かってしまいます。私がよかったと思うことは、ひとつだけありました。それは、何はともあれ、祈ったということです。

 みなさん、みなさんは突然の出来事が起こった時、誰に相談されますか?長野県のある中学校のPTAで、中学生にアンケートを取ったそうです。「困った時にだれに相談しますか?」それを整理しPTAの総会で発表しました。中学生のほとんどが「父、母、先生、友だち」などと答えたそうです。その中にたった一人だけ「神様」と書いた中学生がいたそうです。この発表を読み上げた時、母親たちから思わずどっと笑い声が起こったそうです。決して悪気があって笑ったのではないと思います。思わず笑ったのでしょう。しかし、これは私たち日本人の平均的な気持ちではないでしょうか。

 パウロは、私たちに「成熟するように」「成長するように」と促しています。「成熟するために」「成長するために」まず、私たちは何をしなければならないでしょうか?私たちは、まず、何はともあれ、神様に祈りましょう。それは「成熟するための」「成長するための」第一歩です。

「わたしはぶどうの木、あなたがたはその枝である。人がわたしにつながっており、わたしもその人につながっていれば、その人は豊かに実を結ぶ。わたしを離れては、あなたがたは何もできないからである。」(ヨハネによる福音書一五章五節)