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「その人は流れのほとりに植えられた木。ときが巡り来れば実を結び、葉もしおれることがない。その人のすることはすべて、繁栄をもたらす。」(詩編1編3節)

「幸いな人生」とは神と共に歩むことです。
詩編1編3節は、私たちのいのちは神と共に歩むことにあると教えています。
「流れのほとりに植えられ」豊かな実りを約束されている木のように、神と共に歩む者は「すべて、繁栄をもたらす」と教えています。
何故でしょう?何故なら「その人は流れのほとりに植えられた木」すなわち、その人の歩みは常に神の恵みの中にあるからです。どうぞ七里教会にお出でください。


           
 2018年2月18日(日) 午前10:30~11:45
聖 書  サムエル記上16章1~13節
説 教 「神の選びと人の選び」
説教者  小林則義 牧師 
讃美歌  27 504 521 567 65-1 28 

説教導入
 先日、東京日野の家に帰ったとき、市議選の選挙運動の真最中でした。献身して以来日野を離れることが多くなったせいか候補者の顔が全然見えてきません。また最近の選挙は、いわゆる「合従連衡」が行われ、誰がどのような考えか分かりづらくなっています。

 選挙に勝つには、公約というより、やはり政党と自分の名前を連呼して、自分に関心を向けさせ、自己アピールに成功するかどうかなのでしょうか?

 サムエル上16章1~13節には、神様がイスラエルの次の王を選ぶ記事が載っています。イスラエルの王はどのように選ばれたのでしょうか?選ばれた人は自分に関心を向けさせようとしたでしょうか?自己アピールをしたでしょうか?今日の聖書箇所を読むとそうでないことがわかります。それではどのようにして神はイスラエルの次期王様を選ばれたのでしょうか?今日はそのことを分かち合いたいと思います。



「春の特別伝道礼拝」入場無料
 「立春」が過ぎ、暦の上では春ですが、まだ厳しい寒さが続いています。如何お過ごしでしょうか?七里教会では元ヤクザから大転換をした進藤龍也牧師を迎え「春の特別伝道礼拝」を持ちます。前科7犯の先生がどう立ち直ったかお聞きしたいと思います。期待してご出席ください。

 日時    2018年3月11日(日)
       礼 拝 午前10時30分~11時45分
       愛餐会 午後12時00分~13時
 説教者   進藤龍也 牧師
    (罪人の友・主イエスキリスト教会牧師、刑務所伝道ミニストリー代表)
 会場    日本キリスト教団 七里教会 礼拝堂


 *駐車場は七里郵便局、クラウン工業さんの駐車場を借りています。



「年賀状大賞・手紙大賞」2018年2月のメッセージ
 みなさんは年賀状のやり取りをされているでしょうか。私は中学生の時から、今に至るまで、年賀状のやり取りをしています。その中には高校を卒業以来一度も会っていない友もいます。ですから年賀状は音信を確認する唯一の手段でもあります。ある年、親しくさせていただいた方から年賀状が届きませんでした。案じていましたら、後日奥様から天に召されたとのお知らせを受けたこともありました。

 年賀状はいろいろなものがあります。中には印刷だけのものもあります。そんな年賀状は何か味気なく儀礼的な感じがします。でもそこに一筆なにか近況のようなものが書いてあると、それは「暖かい年賀状」になります。近況とともに「いつか会いたいですね」「また会いたいですね」なんて書いてあると「嬉しい年賀状」になります。何か励まされた思いになります。

 私は毎年、今年一番の年賀状というのを選んでいます。今年一番私の心を輝かせた一枚、私の心を震わせた一枚ということです。今年の「年賀状大賞」は大学で教えられているクリスチャンの先生のものです。年賀の挨拶に続いて「古希すぎし、メッキもはげて、生きやすし」とありました。思わず笑ってしまいました。この年賀状はユーモアと癒しに満ちていました。先生は古希を過ぎても、なお請われ大学で教えておられます。先生はさぞ楽しい一年をはじめられたことと思いました。クリスチャンは、やっぱり、主にあって、ありのままが一番生きやすいのでしょう。私もとうにメッキははげているのですが、髪の毛の方はまだ健在です。

 ちなみに昨年の「年賀状大賞」は98歳の田舎の長老からのものでした。98歳は私がいただいた年賀状の中では最高齢です。この信仰の先輩は昨年天に召されました。「こたつに当たり遠くの山を眺めています。友よ!また会う日まで!シャローム!」短い文ですが、大きな字で、行間を開け、力強く書いてあります。私のことを友と呼んでくださり、その愛と気迫が伝わってきました。今天国での再会を待っていてくださるのです。感謝なことです!

 ここで、聖書に登場するパウロのことを思い出しました。パウロは目を患っていました。患った目を「かっ」と見開いて、愛を込めて、聖書の中の手紙といわれる結びの部分を書きました。彼はガラテヤの信徒への手紙の結びの部分をこう書いています。
「このとおり、わたしは今こんなに大きな字で、自分の手であなたがたに書いています。」(ガラテヤの信徒への手紙6章11節)

 パウロは目を患っていたので、パウロが書いた聖書の中の手紙はほとんどが代筆でした。彼が語り、そばにいた弟子がペンを走らせました。ガラテヤの信徒への手紙の最後の部分は、単なる挨拶ではなく全体のまとめであるとも言われています。パウロは、手紙の最後の部分は自らが筆をとり、子どものように大きな字で、不自由していた目を大きく見開き、これを書きました。ここに、パウロの愛とこの手紙にかける気迫が伝わってきます。聖書におけるパウロの手紙こそ、まさに「手紙大賞」でしょう!

 あなたも「手紙大賞」であるこの愛の手紙を読んでみませんか!

                           (この文章は「トラクト」からの転載です)



「箱根駅伝から」2018年1月のメッセージ
 
お正月の楽しみは何と言ってもテレビでのスポーツ観戦です。サッカー、ラクビー、駅伝などどれも見たいものばかりです。最近の箱根駅伝はとくに面白いです。スピード駅伝と言われ、今までと速さが違います。それだけに調整がうまくいかなかったり、体調が悪かったりすると惨めな結果になってしまいます。
 何年か前、ある大学の有名選手が花の2区で疲労骨折を起こしリタイヤしてしまいました。本人もチームも、さぞ無念だったろうと思います。しかしうまく走れようが、走れまいが、選手たちの一生懸命さ、純粋さ、若々しさが箱根駅伝からは伝わってきます。箱根駅伝は、スポーツの持つすがすがしさと熱さが伝わってきて何とも言えない感動物語です。

 それにしても、スポーツで勝つためには、日々のトレーニングが大切です。ぜい肉を落とし、筋力をつけ、走り込み、体のキレをよくします。それだけではなく食事を含めすべての面で節制します。そして最終的にやることは、勝つためのイメージ・トレーニングです。選手の頭の中にはコースのすべてが入っています。どこが平坦で、どこが上りで、どこが下りか、コースは広いか狭いか、カーブはどこかなど全部頭に入っています。そして自分のスタミナ、スピードを考えどこをどう走るか考えておきます。どこまで巡航速度で行き、どこでスパートをかけるか、基本計画は頭に入れておきます。あとは本番での相手との駆け引き、相手が苦しそうだったら上り坂でもスパートをかける。団子状態なら最後の競技場のトラック二百メートルでスパートをかける。
 もし、本人の会心の走りが出来たならば、天にも昇るような思いでしょう。しかし敗れても出すものを全部出し尽くしたのなら、それはそれで深い満足感が与えられるはずです。

 私たちクリスチャンも体を鍛えることが大切です。良い働きをするためには体のキレが大切です。シャープでなければなりません。もちろん信仰の訓練も大切です。祈れること。いつでも、どこでも、祈れること。緊急事態でも瞬時に祈れることが大切です。聖書のみことばを毎日食べることです。みことばを味わい、瞑想し、口ずさみ、暗記する。必要なみことばがいつでも口から出て来ることです。そして感謝をすること。どんな時でも感謝が出来ることは大切なことです。感謝出来るためには喜びを見つける訓練が有効です。貧しい牧師家庭では、子どもたちに喜びを見つける競争をさせることがあると聞きました。素晴らしい訓練です。
 私たちもよい働きのための信仰のレースを走るのです。そしてゴールした時は、かつて活躍したビスマルク選手やジョルジーニョ選手のように大きな身振りで、神をたたえ、神に栄光をお返ししようではありませんか。私たちにも感動物語があるのです。

「わたしの子よ、あなたはキリスト・イエスにおける恵みによって強くなりなさい。」(Ⅱテモテ書2章1節、新共同訳)
「・・・あなたがたも、賞を受けられるように走りなさい。・・・私は決勝点がどこかわからないような走り方はしていません。」(Ⅰコリント書9章24節、26節、新改訳)



日本キリスト教団
七里教会

牧師 小林則義

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 FAX 048-685-3701

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